しーしー奮闘記! 〜保育園の中心でコミュニティデザインを叫ぶ。〜

こどもを中心としたまちづくり。保育園を、コミュニティのハブにする。こどもが歓迎される社会をつくる。一人ひとりに居場所と役割がある地域をつくる。そんな使命を掲げるブログです。

リノベーションまちづくり入門

リノベーションまちづくり、とは何か。

恥ずかしながら、この本を読むまで、

まちづくりの一環で「空き家とかを改修するやつでしょ?」と思っていた。

 

今回は、この本の備忘録を書いてみたいと思う。

 

ほしい暮らしは自分でつくる ぼくらのリノベーションまちづくり

ほしい暮らしは自分でつくる ぼくらのリノベーションまちづくり

 

 

違ったのだ。。。

 

リノベーション(RE-innovation)とは、

新たな価値やアイディアを想像し直すこと

だったのだ。

似たような言葉としてリフォームがあるが、それは、形を作り直す事をさす。

 

そして、そのためには、

「普通のやり方をちょっと変えてみる」「考え方/見方を変えてみる」ことから始まるのだ。別の言い方をすれば、

「今あるものをどう使うか」

 

リノベーションまちづくりも、欲しい暮らしを自分でつくるためにも、

ないものねだり ではなく あるもの活かし

が大事だって事だ。生き方そのものの話をしているようにも聞こえる。

 

この生き方を貫く島田さん。以下、本に記述されていたエッセンスで、

特に感銘を受けた事を以下に残す。

 

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◯リノベーションまちづくりの本質

 ぼくらのまちを、ぼくらのために、ぼくらの手で楽しくする。

 共感できる仲間とつながって、ぼくが ぼくらになったとき、まちは変わる。

 =当事者意識と責任感を養うこと

 

◯まちを愛しているからこそ、まちにツッコミを入れる。まちを見る目線を養う。

 紫波町の岡崎さん曰く「すべての建物は公共財」「空き家は公然わいせつ」

 建物や土地がうまく使われる事によってエリアの価値が変わるのだから、全ての不動産オーナーは公共的な責任を持っている。

 

◯暮らし全体をリノベーションでつくる

 暮らしとは、住まいのことだけでなく、「住むこと」と「働くこと」がシームレスにつながっているはず。働き方だって、フルタイムか、専業主婦のような形だけでなく、グラデーションがあっていい。

 

◯子どもたちのために、愛せるまちをつくる

 まちの未来は、子どもたちの中に「まちに愛着を持つか」とか「自分で育ったまち」といった感性を育めるかで決まってくる。

 

◯大事なのは、建物半分、できごと半分。

 建てれば良い時代は終わった。モノをDesignすればいいだけの時代は終わった。

 それより重要な事は、コトを起こしながら共感できる人たちを巻き込み、建物を取り巻く良い経験を生み出していく事。

 

◯リスクをとって、同じ方向を向く、プロセスをデザインすること。

 誰かが動いてくれるのを待つのではなく、自ら動く。そして多くの人を巻き込む。
 「一緒に」やってくれる仲間が増えてくれば、自分たちのまちへと変わっていく。

 

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CC会での対話を踏まえて

まちの保育園・こども園では、各園にコミュニティコーディネーター(CC)が1人ずつ配置されている。

一ヶ月に一度、そのメンバーが集合して、近況の報告、対話を行うのがCC会だ。

 

CC同士での対話はいつも面白く、

一人一人、個性は違えど、共通している点があることが分かって来た。

 

これまで、私は、CCを一言で言うと、

人と人をつなぐ、子ども(保育園)とまちをつなぐ

存在と捉えて来た。

 

 

これに加えて、今回得た学びはこれだ。

人を活かし、人に活かされる存在であれ

 

どんな流れで得たかと言うと…

今回のテーマは「CCは、どのように教育・保育に生きているか?」であった。

それは、地域の資源を保育に活かす事で園内では出会えない人にあえたり、経験をできたりするという直接的なものにとどまらず、間接的な影響もたくさんあるのではないかという話になった。

一例をあげれば、

・子どもだけでなく、大人(親、地域の人)にも活躍の出番をつくり、生き生きと暮らせる文化を育み、その背中を見て、子どもたちが地域、社会に希望を持つ。

・事務用務、困りごとを解消することで、保育士が本来業務(こども一人ひとりの育ちを丁寧に汲み取り、仲間と対話し、環境設定など)である保育に集中する事が出来る。

 

やはり、園内で子どもたちのことを一番理解しているのは担任の先生である。これは間違いない。

その先生が保育を通して実現したいこと、しかし自分だけのキャパシティではなできないときに、すすっと横から出ていって、時に業務のアシストをしたり、環境に手を加えたり、素材を揃えたり、地域の人をお呼びしたり、一緒に地域に出かけていったり、、、どんどん豊かにすることができる。

CCという、ファンクションを活用する事で、その幅を大いに広げることができる。

 

なにも、CCが全てを企画して、保育という日常の営みの上に、突発的に落としていく事は不自然だ。

むしろ、CC自身が、保育者にどう活かしてもらうか。こういうコンテンツを持っていて、こういう人と知り合いで…という情報を常に開示しておくことで、その利用価値を伝えておく。

その上で、活かしてもらう。こうなれば、保育・教育に活きるCCになるだろうなっと思ったのである。

 

素晴らしい学びでした!

Beyond Lab #1 の振り返り 

昨日は、いつも朝活仲間のふたせんさんと、温めていた学びの場をスタートした。

なによりスタートを切れたことの喜びは大きいものであるが、記憶の新しいうちに、心に残った事と、場の設計について振り返っておきたい。

 

※今回の場を「Beyond」と銘打った経緯は、ふたせんさんが書いて下さっている。

 

www.kesuke03.xyz

 

備忘録として、自分の学びを以下に記す。

①とにかく動く。動きながら考える。
 〜失敗を恐れない、むしろ失敗の数ほど成長があると言う姿勢〜

 税所さんの話を聞いて、自分が一番刺さったこと。それは、考える事も大切だが、考えているだけでは、誰にも何も伝わらないし、それでは失敗を経験する事もできない、すなわち成長の機会を逸しているということに繋がる。

 「動く」=自ら学ぶ、人に会いにいく、やりたいことは一人でもやる、1人で出来ないなら仲間を集める。

 「動きながら考える」=なぜ自分はそれを学びたいか、会いたいのか。そして、現実の壁にぶつかったときに、なぜできないのか、どうやったらできるのかを考える。

 印象的だったのは、「バングラデシュでのプロジェクトを持続可能な形にするため、現地での人材をどのように得たか」という問いに対して、とにかく人と会った。ダッカ大学の学生と100人会って、その中で、一番事業に共感し、持続できると思える人を選んだと言っていた。やはり、出会いは運だけでなく、そこにもがき続けた足跡があるんだ。

 

 会が終わってから早速読んだ著書の中にも、「失敗」の捉え方についてこんなフレーズがあった。※共著の中竹さんの箇所。

 ×失敗は恥ずかしい ⇒       ◯失敗を恐れて挑戦しない事が恥ずかしい

 ×失敗とは、成功しない事である ⇒ ◯失敗とは、成功を目的化することである

 ×失敗とは、成功しない事である ⇒ ◯失敗を失敗と認めない事が最大の失敗だ

 ×失敗したら、ゲームオーバー  ⇒ ◯失敗は、もう一度始めるチャンス 

 

失敗から何度でも立ち上がる僕らの方法

失敗から何度でも立ち上がる僕らの方法

 

 

 

②教育・子育ての深いところについて、共に考えられる場(しかもそれが地域の中で)って価値だ! 

 今回の参加者は、教師をしている人+子育てをしている人の割合が半々くらいだった。
 いわゆる学校の中では、どうしても教師と親という関係は適度(過度?)な緊張関係があって、同じ目線で子どものことを語ることが難しいのは構造上致し方ないのかなと。
 そして、親同士であっても、「受験どうする?」とか、「習い事どうする?」とかいう超目の前にある現実的な話や、実利的な話は情報交換をするかもしれないけれど、「これからの子どもたちにとって必要な資質や学びってどうだろうね? 人として幸せになって欲しいと願っているけれど、そのためにどのようなマインドセットが必要で、一番身近な大人である親、そして教師はどうあるべきだろうか」って話をなかなかする機会はないと思う。

 今回は、子連れで来てくれた親子、そして妊娠中の先生も参加をしてくれた。子どもができる前と出来た後で、こんなにも人って変わるんだと言うくらい価値観がガラリと変わった。特に、家で1人で子育てをしている状態の「自己有用感・自己肯定感の欠如」を話していたのが印象的だった。これまでにモチベーション高く、自ら研修や研究に参加していた人だからこそ、余計に、その社会と断絶していることの苦しさが大きいとのことだった。

 子どもが生まれたら、研修などには参加しずらくなって、だんだん足が遠のいていく…それってとても勿体ない事じゃないか!!!そんな時にこそ、こうした地域でフラット参加できる学びの場をきっかけに学ぶ事の楽しさを再認識し、新たなスタートラインに立てるきっかけになればと願う。

 

③ナナメの関係をたくさん作る 〜多様性の確保〜

これは、参加者の属性の大切さについて。学びを得る上でも、暮らし方、働き方がイロイロな人がいるほうが出てくる視点も面白い。

Beyond Laboでは、「教育」という狭い世界だけに閉じるのでなく、社会に開かれた学びの場を創りたいという狙いがあって、業界の壁をbeyondするというのが大きなテーマの一つ。
だからこそ、場のお約束として、「チガイ」を楽しむという視点を入れている。

 

今回も、リノベーションのお仕事をされている方との対話の中で、「お金を生み出す仕組みについて学べること」「自分の幸せを自分で選んで決められること」こうしたことを子どもたちに伝えていきたいと話が出た。これは教師だけの視点では出てこなかった意見だろうし、全てを学校という現場に任せるのではなく、家庭・社会のなかでも、こうした経験ができる場を用意していくことが必要だという意見でもあった。

誰しも子どもたちには幸せになって欲しいと願う。ただ、そのためには、その子自身が何を幸せと考えるか、そのためにどう考え、行動するのかという点に尽きるし、大人はそのサポートはできても、人生を変わることはできない。

 

こうした多様性をもった場で対話をしていると、様々な角度からの意見・感想があることに気づき、自分自身を俯瞰し客観的に捉えるキッカケになったり、目の前の子どもたちの事も少し引いてみる事ができるようになるのではないだろうか。

 

最後に、1人のお母さんの感想と、それを受けた別の方のbeyondアクションが印象的だったので、それで締めくくる。

「日本って、子どものことを人前で褒めたりしないよね」

「これからは、我が子の自慢を積極的にしたいと思う」

 

友だちや仲間と集まって、家族の自慢って、なかなか聞かない。むしろ不満や愚痴の方が多い気がする。もちろん、思ってもないことを褒めたりすることは逆効果かもしれないけど、自分が、夫・妻や、子どもの素敵だと思う点を素直に話せる場って、(人間関係のややこしさもあるだろうが)貴重なんだろうな。

 

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また、内容とは別に、

場の運営に関して、以下の点を今後検討していきたい。

 

①90分という限られた時間の使い方。 〜あくまで対話メインで〜

 税所さんの話を20分少しでしてもらうには、その壮絶な体験記を語ってもらうには時間が全然足りず、本当は1時間は話してもらいたかった。
 しかし、あくまで主眼を置いているのは、Beyonderの話を受けて、私たちがどうあるか(どう動くか)という点。つまり、自分は何に感銘を受けて、自分の人生・暮らし・働き方と照らし合わせたときに、どう目標設定し、1歩動き出すか。
 この点、Beyonderの背景を深く理解しておくには、事前に本を読んだり、記事を読んだりすることで予めフォローできる。(ただし、同時にふらっと来れる学びの場であることも重要であるから、これを必須にしたりすることはしたくない。あくまで隙間時間にちょっと目を通しておけたらレベル)

 [参考]今回の時間配分

  ①15分…オープニング
  ②10分…チェックイン
  ③25分…インプットトーク
  ④10分…質問
  ⑤20分…対話
  ⑥10分…クロージング(振り返り)

  ⇒重視していきたいのは、⑤・⑥。冒頭の時間を初回のため多く取ってしまったが、次回以降はやや圧縮する等、検討していきたい。

 

②互いの学びのシェアの方法。

これは今後工夫していきたい。同じインプットを聞いても、何が印象に残り、どう自分の人生・暮らし・仕事に生かしていくかは全く異なる。それこそが、1人で本を読んでいるだけと違う部分で、こうして場に集う価値だと思う。

その学びを、一人ひとりで掘り下げる時間と、少人数でシェアする時間を持ってもいいと感じた。特に、感想ですらも、人の影響を大きく受けやすいので、まず最初に1人で少し考えるってところがポイントかなと。

例えば、話を聞きながら、「印象に残った部分」と「質問」をそれぞれ付箋に書いていく(色を分けて)。話が終わったら、その印象に残った箇所と、質問(モヤモヤしたところ)をそれぞれ見えるように貼る事で、実現できそうな気がする。検討したい。

 

③Beyonderの声かけ、Beyonderへのお礼

Beyond laboは、スピーカーを講師として捉えるのではなく、beyonder=「越えている人」としてお呼びしている。自分自身や、過去・現在、常識・価値観、狭い人間関係をぶちやぶってくれるインプットを期待している部分はあるが、あくまで互いに学び合うという対等な目線、双方向の関係づくりを大切にしたい。

 だからというわけではないが、謝礼がほとんどない。(参加費を抑えてフラッと来れる場でもありたいので、謝礼が出せない、と言ってもいい)

 それでも、こういう学びの場を面白がってくれる方を探している。今回の税所さんは、お誘いに二つ返事でOKしてくれたが、なかなかレアなケースかもしれない。

 今回、税所さんの話でも、「a.自分の話したい話をさせてもらえる場」「b.一方的に喋るだけでなく、その後に対話の時間を持てる場」に価値を感じてくれていたようだ。…おまけとして、著書の手売りができる笑

 特に、aに関しては、本や記事は、過去の一定の成果に対して書き留めているので、現在進行形のプロジェクトや、その過程でどのような失敗や経験をしているのか、課題を感じているのかを話してもらう事ができる。今回は、自分がこれから子育てを迎える中で、男性の働き方・育児休暇等についても関心があるということだった。全部を話題にすることはできなかったが、こうした著書の聞きたい話題に焦点を充てるのも、斬新な切り口になるうると思う。

 

追記。地域の学び場を作る視点から、できれば映像配信も行いたい。

 

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長くなったので、以上で。

新・保育所保育指針は何が変わるの?

久しぶりに、固めのテーマで書いてみる。

来年度(平成30年)に施行される「新・保育所保育指針」。

改訂の背景について、最近学んだ事を触れてみる。

 

(そもそも保育所保育指針とは…保育所保育の基本原則である。これを基に各園は独自の理念に沿った保育を展開割いている。つまり、すべての保育所のベースとなるものである。幼稚園では幼稚園教育要領、小学校以降では学習指導要領に当たるもの)

 

 

①今回の保育指針の改訂の特徴は、

 ・2020年の教育改革(小学校以降の学習指導要領の改定と一体となって)の文脈で考えられたこと。これは、今まで、幼児教育の分野は切り離されていたが、時代の要請として、公教育の中で乳幼児期にスポットが当たり始めた事である。

 ・約10年ごとに改訂の中で、これまで以上に先行きの変化が激しい時代になることが分かっている事から、「変化」に対応する力を身につける必要がある。特に、その中で、人が生きる大事な力は、乳幼児期に育つ事が分かって来た。

 ・その結果、保育所としては初めて「幼児教育」を行う施設という言葉が使われるようになったこと。ただし、この幼児教育とは、単に文字・図形等の知的教育のことを差すのではなく、非認知能力などに着目したもの。

 ・すなわり、現場では、自らの実践が「教育」だということを示していく必要がある。どんな時代にいきる、どんな子どもたちの育ちを支えていくのか、その「意志」が求められる。

 

②世界的な潮流としても、

 ・世界各国で、21世紀バージョンの教育をつくりあげていくことが進んでいる。日本は、かつて1990年代後半に「ゆとり教育」の議論が行われたときに誤った解釈から議論が広く展開されず、遅れているのが現状。

 ・この動きは、20世紀初頭のワロン、ピアジェ、デューイ、モンテッソーリなどが参加した新教育運動に似ている。※子どもの自主性・主体性を徹底して重視する教育。この時代は、資本主義の進展に併せて、植民地開発を求めていた新興資本家、庶民の要請があった。

 ・具体的な教育の内容で言えば、例えば、歴史は年号を暗記する事よりも、時系列の中で、ものごとを考え、理解する力をつけることが大事。その学びの本質が日本では重視されてこなかった。特に、自分や他者とのコミュニケーションを学ぶ時間が極端に少なかった。自分を知り、相手を知り、社会集団で気持ちよく暮らすためにはどうしたらいいのか。

 ・有名なヘックマンの研究に置いても、教育のスタート期間である時期への投資効果が非常に高いこと、「非認知能力」を育てる事が大切であるという認識が広まっている。単に「やったこと」ではなく「資質・能力」をどのように育むか。

 

③これからの教育の中で大事にされる事は、

 ・コンピュータ、AIがますます進化する中、人間の身体能力、対人間関係能力、身体に根拠を置く感性等の育ちが生活の中で訓練されない社会。人間は、かつて集団で暮らしていたが、これがだんだん人とコミュニケーションを取らずとも生きていける時代になっているので、生活体験、文化体験が著しく減少している。八百屋で買い物する時代から、コンビニで何も言葉を交わさずに買い物できる時代へ。とにかく「楽」が重視され、面倒なこと、煩わしい事は避けられて来た。

 ・どんな文化を私たちは育んでいくのか。文化(culture)の語源は、カルティブ(土を耕す)から来ている。実りを豊かにし、手間暇をかける、苦労していいものをつくることが人の喜びである。手作りすることを小さいうちに経験したり、美しいものを感じたり、誰かに共感することは小さい時こそ大事。

 ・この前提として、まず自分自身が、無条件で愛されて、他者を信頼できることが乳児にとって大事。条件付きの愛ではダメ。また、集団の中で、年上、年下など幅広い年代と関わる経験が乏しく、自分と違うものを受け入れたりする事が出来なくなりやすい。

 ・保育実践の場面では、自分でやったことを言葉で共有する時間が大事。特に3歳以上は、自分の経験・そのときの感情を人にわかる言葉で話してみたり、因果関係(◯◯だったから××だった)や「どうやったの?」「どうしたらいい?』というやりとりを通じ、意味知を獲得する。

 ・こうした経験を踏まえて、人間が解決していない問題を解決する力をどう育むのか、足元の問題がグローバルな問題につながっていることを念頭に置く。

 

最後に… 子どもの育ちにとって、興味を持った事に「没頭する」ことが大事。保育者として、一人ひとりの個性を丁寧に把握し、没頭する時間を保障すること、その他に、どんな失敗しても叱られない(失敗=悪ではなく、失敗=学びにつながる大事な機会と捉える)、評価されない(他人と比較されない)という環境をいかに整える事が出来るか、試されている。
また、「教育と養護」が一体であり、養護(生命の保持と情緒の安定)が保たれた環境の土台の上に、幼児教育が展開される事は言うまでもない。

 

(参考)

http://berd.benesse.jp/up_images/magazine/KORE_2017_spring_01toku.pdf

 

 

何回か、この教育改革・指針をテーマに書いていきたい。

3歳児神話はあるのか?

子育て・保育の世界では、しばしば耳にする3歳児神話

今回はNHKの記事に感化されて、これに触れてみる。

 

www3.nhk.or.jp

 

この3歳児神話に苦しめられているお母さんは、たくさんいるのではないか。

子どもを育てながら仕事を続ける事に後ろめたさを感じ、世間からは子どもが小さいときくらい家で育ててあげれば良いのに…と言われ、会社でも短時間勤務で早く帰る事に居づらさを感じ…。

 

 

そもそも3歳児神話はいつ生まれたのか。

NHKの記事が素晴らしすぎるので、ダイジェストで抜粋したい。

 

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>昭和26年報告書発表

3歳児神話について研究しているお茶の水女子大学の菅原ますみ教授。
『子どものために小さいころ(特に3歳までは)母親が育児に専念した方がよい』という説が広まるきっかけはイギリスのボウルビィという精神医学者の1951年(昭和26年)の報告書だといいます。
 
 ============
しかし、近年の研究では、母親の就労は関係ないと結論づけられている。
 ============
 

>新しい研究“母親の就労は影響なし”

菅原教授はボウルビィの報告書について「母子の結びつきの大切さを主張していて、母親の就労を否定するものではない。それが母親の不在がよくないという一面のみが強調されてしまった」と指摘しています。

菅原教授は3歳児神話について自らも10年以上の追跡研究を実施していました。「日本で269組の母子を12年間追跡調査した。その結果、3歳未満で母親が働いても、問題行動や母子関係の良好さに関連性は認められなかった」という研究結果をまとめています。
 

>影響があるのはこんなこと

それは「『お母さんの心の健康』、『夫婦仲』、保育園などの『保育の質』で、これらは子どもの発達に影響し問題行動にもつながるとされています」 「大切なのは安全な環境で愛情をもって養育されること。それはお母さんだけでなく、お父さん、祖父母、シッター、保育士などある意味、複数の人からでも大丈夫なのです」
 
 

3歳児神話”には真実の一面も

40年以上、母親に関わるさまざまな“神話”を研究している。恵泉女学園大学の大日向雅美学長です。
大日向さんの話ではまず、「“3歳までが非常に大切な時期”というのは真実。この時期に愛され自信を持ち人を信じる心を育むことは崩してはならない」

ただ「その時期に“母親が育児に専念しなければいけない”は修正が必要。母親だけでなく、父親や祖父母、地域の人などさまざまなところから愛情を受け取れる」
 
============
これは、東京大学の遠藤先生のアタッチメントの本にも同じような事が述べられている。
0〜2歳児の頃に、どれだけ安心・安全な環境に身を置いているかどうかが、その後の自己肯定感や他者肯定などの力につながっている。
 
 
また、NHK記事に戻るが、最後の言葉が刺さります。
============ 

>悩みながら揺れながら

いつの時代も、母親たちは日々悩み、精いっぱいの心をかけて子育てしているのでしょう。そうした母親たちのまわりには、子育てに関わる神話のようなものやマニュアル本もあり、いつも惑わされ、不安になり、何が真実なのか正直わからないことだらけです。
ただ社会の風潮や神話が母親たちを不要にしばることなく、笑顔で子育てできる社会になっていってほしい。
「どういう子育てや人生にするのがいいか、正解はない。ただ悩みながらも凛として生きるお母さんの姿ほど子どもにいい影響を与えるものはないと思う」
===========
悩みのない、親(もちろん教育者も)はいない。
そんな悩みをオープンに話せる場があり、1人で抱え込まないで、一緒に考える仲間(夫婦でも友だちでも親でも知人でも)と共に、親が親として育っていける社会を作りたい。
子育てをしたからこそ、得られる価値(喜び、苦しみ、怒り、悲しみもひっくるめて)に光を充てて、社会で子育てを支える文化を、できることから一歩ずつ勧めていきたい。

コミュニティコーディネーターは仕事か

珍しい名前の仕事をしている。

コミュニティコーディネーターという。

直訳すると、共同体調整者だ。ますます訳がわからないと言う人もいる。

 

保育園の中に、コミュニティコーディネーターという職種があるというと、どんな仕事をしてるんですかと聞かれる。

 

私は、決まって、こんなことを言う。

人と人をつなぐ仕事。人とまちをつなぐ仕事です、と。

その人には色々な意味が含まれていて、子どもと地域の人をつなぐこともあれば、子育てをしてる家庭同士、また職場のスタッフ同士という意味をも包摂する。

だからこそ、地域コーディネーターでなく、コミュニティコーディネーターなのだ。

 

求めている人と持ってる人、互いに求めてる人がいたら、そこを、いいタイミングで、無理なくつなぐことが大事だ。

時には、待つことも、待たせることもたくさんあるし、実を結ばないことの方がたくさんある。

 それは闇雲に出会いを作りたいわけではなく、よい出会い、を作りたいから。

 

よい出会い、とは何か。

 

それは、

新たな刺激をもらえること、

新たな一面を引き出せること、

安心できること、

色々な要素がある。

 

 

また、どのように地域の人と出会うのか聞かれることもある。

それは、仕事とプライベートの境界を限りなく曖昧にして、ワークとライフを別物でなく一体と捉えていくことがポイントだと思っている。

ちょっと地域のイベントに参加してみる、できるな手伝ってみる、さらに企画してみる。

すると、そこで出会った地域のユニークな人たちが、保育や子育てに注目したり、興味をもって、今後の関係構築に繋がることもある。

また、保育園の仕事で出会った人、保育園に通う親子も誘って一緒に地域の活動をやってみると、これまた地域にとっては新たな参加者が増えることに繋がる。

保育園のインナーとアウターの活動の二軸を持っておくことで、シナジーを発揮しやすくなる。

その意味で、休みもなくて大変じゃないか?との声もあるが、全てがこの地域で暮らしていること、働いていることの一部であり、なにより自分自身が楽しんでいるので全く苦ではない。

 

先日、小泉進次郎さんが、政治家は職業じゃなくて、生き方と言っていたが、

それを模倣させてもらうと、

コミュニティコーディネーターも、生き方なのだと、現段階では仮説的に思っている。

 

大げさなことでなく、組織の中や外、業界の中や外、地域の中や外、世代、性別、そんな境界を曖昧にしていく役割であったり、

自分の関わる身近な人、子ども、同僚、親、地域の人たちの幸福度を上げていき、その輪を少しずつ少しずつ広げていく。

 

そんな生き方を、コミュニティコーディネーターと言うのかもしれない。

 

 

なぜか、今回は、思ったことをポエム風に綴ってみた。

 

自分にとっての「当たり前」(しかも知らずのうちに創られた)を疑うこと。それが対話の目的。

続き。

 

ラーニングバーの実際の話を追って見る。

前回の記事は、こちら。

naka24nsuke.hatenablog.com

 

◎ラーニング・バーにおける3つの精神 *茶道の精神にならって…

 ①準備を整えて参加者を待つ (支度)

 ②参加者がくつろげる空間を演出する (しつらえ)

 ③すべての人がルールを共有する (しかけ)

 

◎内容を決める3つのプロセス

 ①テーマの設定
  …主催者自身が興味や関心を持っているかどうか
  …みんなの問題であるか

 ②講師の選定

 ③良質の問いかけ:ドライビングクエスチョン(人が探求に値するような内省や思考をかきたてる問い)
  …講師にも問いかけをお願いする。良質な問いかけにより、「対話」が生まれる。対話とは、それぞれ人が違うこと、違った意見を持っていることの判断を保留して、鑑賞・吟味し合う、抜き差しならない行為。「対話」なきところに「内省」は生まれない。

 

◎空間Designの3つの心構

 ①学習者を中心に組み立てられているか
  *それまでに持っている知識・技能・行動スタイルを再重要視すること

 ②主催者がみんなで楽しんでいるか

 ③形成的評価を忘れない
  *学びは、常に状況に埋め込まれている。

◎当日のタイムテーブルにおける注意

 ①開始前=BGMを流す
  ・音量は、最初はやや大きめに(静かだと恥ずかしがって話さないため)


 ②開始前=自分がロールモデルとなる
  ・場が始まる前は、わざと人前に出て、大きな声で挨拶をする。
  ・互いに知らない参加者同士をつなげる(コネクターの役割)

 

 ③開始時=ルールと枠組みを設定する
  ・イントロダクションで、「知の消費者」になるのではなく「場の創り手」になってほしいことを話す
  ・過剰な自由に投げ込まない。しっかりとしたルールと制約を話すことで、自由な対話を促すことが出来る。
  ・話題の「全体的な枠組み」「予備的な情報」を参加者に提示する。また、「なぜこのテーマについて学ぶのか」についても十分説明する

 

 ④対話=脱構築を重視する。

  ・様々な参加者がいる中で、いきなり対話をしろと言われても、グループで話が噛み合ないことがある。コミュニケーションを図る上では、知らずのうちに所属する組織の前提の上で話をしてしまうことに気付くことがある。

  ・大事なことは、自分にとっての「当たり前」を疑い、その背後にあるものに気付くこと。それが対話の目的

 

 ⑤質疑応答=やらない。取りまとめて質問する

  ・付箋などに記入してもらい、参加者の共通の関心について、質問をする。
   (こっちの方が、多くの人の質問に答えられる)

  ・ポジティブな側面ではなく、ネガティブな側面に着いては、司会が質問する。
   (特に、きわどい内容は、参加者には聞きづらいので)

 

 ⑥ラップアップ(まとめ)=即興性を大事にする。
  ・ゲストの話したこと、対話で出た話題をしっかり聞いておき、最後の時間を使ってスライドを作成する。
   「自分の土俵に引きつけて、最後は自分の主観で語る」
   「あえて、参加者にモヤモヤを残す(=問いかけを発して終わる)」
    ※今日の話を踏まえて、皆さんは今後どうしたいか。何を変えたいと思い、何を変えたくないと思うか。

 

 ⑦終了後=主催者側の振り返り

  ・その日のうちに、30分でも1時間でもいいから持つ。

 

◎場づくりを学ぶために、必要なこと
 ①知識(学習研究、ワークショップ、メディア)
  ・以下の本がオススメ

Amazon CAPTCHA

 

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www.amazon.co.jp

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97%E2%80%95%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E5%AD%A6%E3%81%B3%E3%81%A8%E5%89%B5%E9%80%A0%E3%81%AE%E5%A0%B4-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%AD%E9%87%8E-%E6%B0%91%E5%A4%AB/dp/4004307104/ref=pd_cp_14_3?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=0QJJN9KK5TSQJN8JY68G


 ②経験

   ・まずは色々な場に参加してみる(面白い場には、継続して参加してみる)
   ・創り手に回ってみる(まずは受付からでも。徐々に、司会、企画など)

 

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現在進行中の、そして今後の「学び場」を創る上でヒントとなることがたくさん!

これらで得たヒントは、実践知・経験知として生かしていこう!